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おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
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文章や漫画の比喩なんかを、正しく理解するにも、経験がものを言う。
外に出ないで何も見たり聞いたり感じたりしないような人物が、どれだけ本を読んだって、本当の比喩の意味を知りえるわけがない。
海のような青、は海を見たことがない人には伝わらない。
墨汁をたらしたような夜は、墨汁を知らない人にはわからない。
どんなに恋愛小説を読んでも、本当に人を愛したことがなければ、あの焦がれる気持ちを得ることはできない。

文章は、求めていた共感、美しき思い出のリフレイン。
自分の中にある不確かなものを誰かに代弁してもらうことで、自分が正しいと思いたいがための。自分の後ろ盾を得ることで、快感を得るための。
そしてそれらに分類できないものを単なる「憧れ」として捕らえ、人は文章を面白いと感じるのだ。
「憧れ」というのは、想像、空想、理想、妄想でしかない。
「憧れ」に転じることができないものは、ただの「描写」でしかなく、それは心に残らない。
ぼくは、今日、はじめて、「血の味」という表現の意味の本当を知った。


ぼくは、剣の柄で殴られ、蹴飛ばされ、口の中を切った。
地面を転がって、立てずに這いつくばり、ジャリを口に招き入れた。
鉄の味がする、というけれど、そんなにしなかった。これも理解できた。
どちらかというと土の味のほうが強い。土ぼこり。あの、小学校の校庭を巻き上げる砂の味。

そりゃそうだ、向こうは自分たちのことをナントカの戦士とか言ってる。
戦うために生きている人間なんだろう。
戦うために生きてるかはわからないけど、おそらく人生の大半を戦うために使っているんだろうから、目的がなんであれ一緒だ。(阿呆だと思うよ、ほんとに)
そんな阿呆たちに、「血の味」が今までわからなかったぼくが勝てるわけがない。
目の前に向かって、目の後ろから白い霧が、遅くもなく早すぎない速度でやってきた。


ぼくが気がつくと、パドマが遠くない傍にいてくれた。
死んでいるわけでもないし、ぼくを置いていくわけにもいかなかったんだろう。
あたりを見回すと、遺跡外のはずれだった。ぼくの肉屋が近いと思う。
さっきまでの出来事が、夢だったようにも思える。
ぼくらは、まだ島についたばかりで、これから探索をはじめるんじゃないかって。
ぼくらは、まだ会ったばかりで、お互い何も知らないんじゃないかって。
けれども、体中に痺れる痛みが、そんな幼稚な連想は許さんとでもばかりにチャチャを入れてくる。
痛みというのは、どうしてこう品がないのだろう。

ぼくらは、この全身の苦痛は、山のように大きなキツネにつままれたからじゃないかと思うぐらい、現実味がない現実を眺めながら、そこにぼうっとしていた。
そういえば、あのピンク色の娼婦みたいな女性は、どこかキツネのようだった。
遠くで賑わうバザールを二人で眺めていたけど、ぼくはパドマの顔を視界に入れるようにして見ていた。
パドマのほうもなんだか無事じゃなかったように見える。青色の肌が、いつもより色気がない。
一度も目が合わなかった。

パドマはぼくをおしゃべりだと思っているようだけれど、本当のところは違う。
そりゃ、ぼくは喋るのは好きだけれど…… 
こんな時におしゃべりになる必要はない、っていうのは分かる。

口に、まだ血の味が居座っている。

パドマの口には歯があることを、ぼくは知っている。
パドマも、口の中を切ることがあったかもしれない。
あるとしたら、ぼくよりずっと、多いはずだ。
今まさに、切れているのかも、しれない。
パドマの口の中に広がる血の味は、ぼくの口の中に広がる血とは違う味だ。
それは、くりかえし読む文章と同じだろう。
美化することのできない過去、苦い思い出を、同じ味を味わうことで、脳裏に浮かんで、たまらないのかもしれない。
これはぼくの勝手な想像だし、実際はパドマは血も流さないのかもしれないけれど。
ただ、ぼくのくりかえし読む文章は。
ぼくは、これから、自分の口を切って、血の味を舌に乗せるたびに、今日のことを思い出すだろう。
ぼくは、これから、ぼくが本を読んで、口を切ってしまう描写をみることがあったら、今日のことを思い出すだろう。
血の味。砂ぼこりの匂い。4人。悔しい気持ち。苦々しい気持ち。
自分ではどうしようもできないことがあること。きみがぼくを頼ってくれないこと。ぼくが君を頼らなかったこと。
きみがぼくをほんの少し気遣ってくれたことを。




(前日14番隊に負けました)
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