おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
ぼくは、よく車にひかれそうになる。
ぼーっと考えごとをしながらふらふらしているからだろうとは思うけど、自分の感覚ではそんなつもりはない。
でも、とにかくひかれそうになる。
あ、と思う前に、急ブレーキの音に足がすくんで、動けなくなる。
前進の毛穴がぎゅうと閉じて、つり上げられた魚のように、びぃんと立ち上がる。
背筋を、冷たいものがぞぞぞと通り、耳の後ろから後頭部までが持ち去られたような感覚になる。
車の免許を取得してからは、そういうことはなくなったが(なにせ、人を引いたら本当におしまいだ)、昔はたくさんあった。
ただ、一回だって車にひかれたことはなかった。
ダークホースの一撃をよけたとき、ぼくは空中にいた。
瞬間だけをみれば、浮いていた。
ほらみろ、かわしてやったぞ、と思った瞬間に、ダークホースがにやりと笑って、そのまま全部の蹄をぐるんと回転させ、空に浮くぼくをはねとばした。
言葉にすると一瞬だが、あの時間は本当に長く感じた。
車にひかれそうになったときの、あの感じが、ずっと、あれがぶつかってくるまで、ずっと持続していた。
ぶつかった瞬間からは早かった。
脳みそが揺れる経験とはまさにこれだろう。目が落っこちたかと思った。
たぶん、そのままぼくは高く打ち上げられ、落下し、地面に着地する寸前を、またダークホースにはねられた。
今度はきちんと硬い床に落ちることができたが、パスを受け取り損ねたときのバスケットボールみたいに、
何回かバウンドし、壁に軽くぶつかって、停止した。
一回目に、ばちん、と音がした。
胸を縫っていた糸が切れたんだな、とすぐにわかった。
恐ろしく痛いはずだが、ぼくのブレ始めた脳みそは、その痛みを処理できるほどまともじゃなくなっていたらしい。
二回目は、頭の傷がひらいた。また血が流れ出してきて、ぼくの視界を奪おうとしたが、そんなことをされるまでもなく、すでに目の前は真っ暗だった。
口に血が流れ込んできて、また血が出ていくなと思った。
このあいだ、ぼくの血になった誰かの血は、今流れ出ていってしまっているのかと思った。
そうしたら、また誰かの血がぼくの中に入ってくるだろうか。
これ以上いろんな人の血がぼくに入り込んだら、ぼくがぼくである保証はあるんだろうか。
「ヒヒッ」という笑い声が聞こえる。このウサギみたいな馬はたいへん饒舌だ。ぼくにもう一撃食らわすらしい。
感覚的に、このあいだおまわりにやられた時に比べると、全然死ぬ気がしなかったが、あのときよりも体が動かない。
あと3発ぐらいやられたら死ぬだろうな、と冷静に考えた。
いや、たぶん混乱してたろう。脳みそは冷静を保とうと必死だったんだと思う。
ぼくが車にひかれそうになるときは、必ずぼくが一人で歩いているときだった。
だからたぶん、やっぱり、ぼーっとしているということなんだろうけど。
今日も、パドマが一緒じゃなかった。
ぼくは、パドマと距離をおいて歩いていた。
パドマは、自分に性別がないんて言ったけれど、形は女性そのものなのだ。
声だって、女性に近い。
バレンタインデーにだってチョコをくれた。
ぼくを気遣う様子は母親のようだ。
パドマの言い分は、ぼくからすれば、ぼくが、ぼくに性別がないって言っているようなものなんだ。
生まれたら、男だった。それだけなんだ。
パドマは、生まれたら、女性だったんだ。
パドマがいくら否定したって、パドマは女性なんだ。
パドマにしてきた数々のことが、ひどく最低なことだったように思えてならない。
やたらまとわりついたり、膝枕みたいなことをしたり、目の前で着替えたり…
何回も敵にやっつけられ、そのたびに助けてもらった。
”お姫様だっこ”だってされてしまった。
離れて歩いたのは、単純に恥ずかしかっただけなのかもしれない。
ぼくもまだ子供ってことなんだろうか。
蹄の音が聞こえて、ふと意識が戻って顔を上げた。
ダークホースが横に飛ばされる瞬間を見た。
ダークホースの体に、無数の矢が刺さっていく。
パドマの矢だ。
ああ、くそ。
きみはどうして、そうなんだ。
でも、とにかくひかれそうになる。
あ、と思う前に、急ブレーキの音に足がすくんで、動けなくなる。
前進の毛穴がぎゅうと閉じて、つり上げられた魚のように、びぃんと立ち上がる。
背筋を、冷たいものがぞぞぞと通り、耳の後ろから後頭部までが持ち去られたような感覚になる。
車の免許を取得してからは、そういうことはなくなったが(なにせ、人を引いたら本当におしまいだ)、昔はたくさんあった。
ただ、一回だって車にひかれたことはなかった。
ダークホースの一撃をよけたとき、ぼくは空中にいた。
瞬間だけをみれば、浮いていた。
ほらみろ、かわしてやったぞ、と思った瞬間に、ダークホースがにやりと笑って、そのまま全部の蹄をぐるんと回転させ、空に浮くぼくをはねとばした。
言葉にすると一瞬だが、あの時間は本当に長く感じた。
車にひかれそうになったときの、あの感じが、ずっと、あれがぶつかってくるまで、ずっと持続していた。
ぶつかった瞬間からは早かった。
脳みそが揺れる経験とはまさにこれだろう。目が落っこちたかと思った。
たぶん、そのままぼくは高く打ち上げられ、落下し、地面に着地する寸前を、またダークホースにはねられた。
今度はきちんと硬い床に落ちることができたが、パスを受け取り損ねたときのバスケットボールみたいに、
何回かバウンドし、壁に軽くぶつかって、停止した。
一回目に、ばちん、と音がした。
胸を縫っていた糸が切れたんだな、とすぐにわかった。
恐ろしく痛いはずだが、ぼくのブレ始めた脳みそは、その痛みを処理できるほどまともじゃなくなっていたらしい。
二回目は、頭の傷がひらいた。また血が流れ出してきて、ぼくの視界を奪おうとしたが、そんなことをされるまでもなく、すでに目の前は真っ暗だった。
口に血が流れ込んできて、また血が出ていくなと思った。
このあいだ、ぼくの血になった誰かの血は、今流れ出ていってしまっているのかと思った。
そうしたら、また誰かの血がぼくの中に入ってくるだろうか。
これ以上いろんな人の血がぼくに入り込んだら、ぼくがぼくである保証はあるんだろうか。
「ヒヒッ」という笑い声が聞こえる。このウサギみたいな馬はたいへん饒舌だ。ぼくにもう一撃食らわすらしい。
感覚的に、このあいだおまわりにやられた時に比べると、全然死ぬ気がしなかったが、あのときよりも体が動かない。
あと3発ぐらいやられたら死ぬだろうな、と冷静に考えた。
いや、たぶん混乱してたろう。脳みそは冷静を保とうと必死だったんだと思う。
ぼくが車にひかれそうになるときは、必ずぼくが一人で歩いているときだった。
だからたぶん、やっぱり、ぼーっとしているということなんだろうけど。
今日も、パドマが一緒じゃなかった。
ぼくは、パドマと距離をおいて歩いていた。
パドマは、自分に性別がないんて言ったけれど、形は女性そのものなのだ。
声だって、女性に近い。
バレンタインデーにだってチョコをくれた。
ぼくを気遣う様子は母親のようだ。
パドマの言い分は、ぼくからすれば、ぼくが、ぼくに性別がないって言っているようなものなんだ。
生まれたら、男だった。それだけなんだ。
パドマは、生まれたら、女性だったんだ。
パドマがいくら否定したって、パドマは女性なんだ。
パドマにしてきた数々のことが、ひどく最低なことだったように思えてならない。
やたらまとわりついたり、膝枕みたいなことをしたり、目の前で着替えたり…
何回も敵にやっつけられ、そのたびに助けてもらった。
”お姫様だっこ”だってされてしまった。
離れて歩いたのは、単純に恥ずかしかっただけなのかもしれない。
ぼくもまだ子供ってことなんだろうか。
蹄の音が聞こえて、ふと意識が戻って顔を上げた。
ダークホースが横に飛ばされる瞬間を見た。
ダークホースの体に、無数の矢が刺さっていく。
パドマの矢だ。
ああ、くそ。
きみはどうして、そうなんだ。
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