おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
Eno.1127 ルフィナさんをお借りしました。
ルフィナさんの26日目日記の後に続けさせていただきました。
ルフィナさん方のお話の中にアキを使っていただいてありがとうございます!
彼女たちのストーリー把握にはルフィナさんのブログが便利です。
ルフィナさんの26日目日記の後に続けさせていただきました。
ルフィナさん方のお話の中にアキを使っていただいてありがとうございます!
彼女たちのストーリー把握にはルフィナさんのブログが便利です。
遺跡外の賑やかなバザール…といえば聞こえはいいが、さまざまな国や文化や宗教や個人愛の集合体であるその屋根は、遠くから見ればゴミ溜めにしか見えない。そこに沸く人々はさながら蛆や蠅だ。見方によっては、バザールの軒の連なり方は、島につけた大きな傷にも思える。船着き場から、遺跡への入り口までざっくりと切り開かれた生傷を、人々が治させまいと左右の肉や皮を広げ続ける。あと何十年もすれば、そっくり島の皮が剥かれてしまうだろう。島はあられもない玉肌をさらして、環境保護団体のセックスシンボルとなる。
島の性別がなんであれ、その゛遺跡外のにぎやかなバザール…゛から少し外れた場所に、若い東洋人の青年が営む肉屋があることに変わりはなかった。
あなたの足は重い。
あなたはこれから、その肉屋の店主から、人間の生首に相当する骨肉を受け取らなくてはならない。
それはあなたが望んだ展開ではあったが、元々はあなたが招いた事態ではなかった。あなたが切り抜けるために、やむをえず、こうするほかなかったのだ。しかし、それを彼に伝えることは許されない。
あなたの足は重いが、止まろうとはしない。
肉屋が見えてくる。
店は一見して閉まっている。シャッターとはいかないが、板のようなものが下ろされ、いつものショーケースや、店内は見えない。
普段肉を売っている場所とは別に、おそらく肉を解体したり、解体が済んだ肉を貯蔵するための納屋のようなものが後ろにある。その扉が不意に開いて、店の店主――佐倉アキが出てくる。
足音が聞こえる距離でもないのに、納屋には窓だって見当たらないのに、あなたの存在が判っていたかのようなタイミングだった。
不気味に思いながら、あなたは彼に近づく他なかった。
「中でお渡しします。どうぞ」
起伏のない声でアキは言う。
あなたは少し、ためらうかもしれない。
「大丈夫、襲ったりしませんから」
彼はそういうと、その証拠であるかのように、自分の腰に残る1本の包丁をケースごと取り去って、あなたに渡す。
あなたは、すでに彼の包丁3本のうち2本を手にしているから、これで彼は武器を持っていないことになる。
「店の中にも包丁が数本残ってるんですが、それも確認して頂いて結構です。ぼくも、仕込み包丁なんていう器用なマネはできません。どうせならボディチェックしてみてください」
店の中を覗き見ると、確かに壁に数本包丁がかけられているが、大分離れた高いところにケースごと吊るされてあり、普段使う包丁ではなさそうだった。もしその包丁を取り合う事態になっても、あなたは、盗賊である自分のほうが早く動けるだろう、と想定し、すぐにその場合の身のこなしをイメージした。
”どうせなら〜”は、彼なりの冗談だったのかもしれない。彼のもともとの真面目さと無表情のせいで、あなたは素直に遠慮してしまっただろう。身に隠しているかもしれない包丁は元より、武器をほかの場所に隠しているという不安は拭いきれないが、あなたの手には彼の腹心が3つも握られているし、中に入らないと”生首”が手に入らない。いくらか覚悟を決めてから、あなたはその異世界のような建物の敷居を跨いだ。
建物の中は整理されている。店先の方にはキッチンがある。鍋やフライパンも、みんな綺麗に手入れされているのが遠くからでもわかった。左手には別室への扉のようなものが2つあるが、それはおそらく、どちらかが冷凍庫で、どちらかが冷蔵庫だろう。右手には壁があり、レシピやメモが貼り付けられてある。その壁にくっつけてある大きな机――たぶん動物を解体するための作業台、があった。そして、その上に、テーブルの上にちょんと載っているティーポットのように、こっちを見つめる頭蓋骨が鎮座していた。
あなたは驚くはずもない。長年盗賊を、依頼があれば人を殺してしまうぐらいの悪事を続けてきたあなたは、人間の骨など見慣れたものなのだ。こうやって骸骨を置いて、おどろかせるつもりなんだろうか、とあなたは思うかもしれない。あなたがアキの方向へを振り向こうとすると、彼の声が後ろから降ってきた。
「ルフィナさん、手、貸してください」
ルフィナとは、ここでのあなたの名前だ。
もしかしたら本当の名前ではないのかもしれないが、アキは生憎この名前しか知らないので仕方がない。
「護身として、右手にぼくの包丁を持ったままでいいです」
あなたのすぐ後ろにアキが立ち、彼の左手があなたの左手に触れる。その手は、顔から読み取れる幼さとは反比例して、ごつごつと骨ばって、沢山の小さな切り傷が見えるし、それが感触からもわかる。皮は厚く、豆がつぶれたような硬さが手のひらの中に幾つかあるのも感じた。乱暴をされるかと思って身構えるが、そんな様子はない。
あなたの左手を愛撫するでもなく、そっけないぐらいに優しく、指と指が絡まる…というよりは組まれる。その左手2つは、あなたの手を下にして、机の上の骸骨へと向かう。
「彼女を持っていく前に、彼女を知ってほしいんです」
上に重なったアキの手に誘導されて、あなたの手が、ほとんど乾いた”彼女”の頭蓋骨に触れる。ほとんど耳元に近い距離で、アキの言葉が続いていく。
「彼女の名前はナヅキ・カーヒ。女性です。歳は21歳になったばかりです。
両親は健在で、ほかに上に兄が二人と、下に妹が1人います。
この島には来るつもりはなかったけど、好きな奇術師が来るのを聞いて立ち寄りました。
その奇術師のことを近くで見れて嬉しかったそうです。
夢は舞台女優だけど、両親に反対されていて、思うように行動できなくて悩んでいます。家出同然でここに来たとも。
オーディションに連続で12回も落ち続けて、あと1回落ちたら13回になるから、
不吉でしょうがないということで、今はたくさん練習してから、とにかく何でもいいから受かりそうな役を狙いたい、と言っていました。
本人は、自分で「ちょっとオンチなのが原因だと思う」と言っていたので、ぼくが歌を1曲頼むと、少し照れてから歌い始めました。
ぼくの耳にはオンチには聞こえませんでした。
彼女の声は喋っているときよりも滑らかで、伸びやかであって、
なんというか朝みたいだった。たぶん、ぼくは、彼女のつんとしすぎた眉毛が原因なんじゃないかと思ったけれど、言うのはよしました。
彼女の妹はまだ学生で、成績がよく、自分は出来が悪いので、比べられるのが嫌だと言っていました。
お兄さん方も、もう職についていて、おちこぼれは自分だけなんだと。
ぼくは、そんなことはないと思ったので、そんなことはないよと言ったら、彼女は困ったような顔で目に涙を溜めていました。
ぼくは彼女の気を紛らわせようと思って、いろいろな話をしました。
ぼくはおしゃべりだけど、お話はヘタクソで、でも、そんな話を聞いているだけでも、彼女は笑ったり、怒ったり、泣きそうになったりしていました。
普通の女性がこんなところに一人でいるなんて、だいぶつらい目に会ったのだろうと思うんです。
家族も兄弟も友達も近くにいなくて、ろくに話し相手もいなくて、誰からも認められなくて。
だから、彼女は家に帰りたいんだろうと思ったんですが、聞いてみたら、居場所はないから帰りたくないって言うんです。
この先不安だけど、きっと女優になってから家に帰るって言ってました」
アキが喋るのをやめた。耳が聞こえくなったかと思うぐらい、あたりはしんとしている。外の木々が風でざわざわと揺れるまで、時間が停止したかのようだった。
島の性別がなんであれ、その゛遺跡外のにぎやかなバザール…゛から少し外れた場所に、若い東洋人の青年が営む肉屋があることに変わりはなかった。
あなたの足は重い。
あなたはこれから、その肉屋の店主から、人間の生首に相当する骨肉を受け取らなくてはならない。
それはあなたが望んだ展開ではあったが、元々はあなたが招いた事態ではなかった。あなたが切り抜けるために、やむをえず、こうするほかなかったのだ。しかし、それを彼に伝えることは許されない。
あなたの足は重いが、止まろうとはしない。
肉屋が見えてくる。
店は一見して閉まっている。シャッターとはいかないが、板のようなものが下ろされ、いつものショーケースや、店内は見えない。
普段肉を売っている場所とは別に、おそらく肉を解体したり、解体が済んだ肉を貯蔵するための納屋のようなものが後ろにある。その扉が不意に開いて、店の店主――佐倉アキが出てくる。
足音が聞こえる距離でもないのに、納屋には窓だって見当たらないのに、あなたの存在が判っていたかのようなタイミングだった。
不気味に思いながら、あなたは彼に近づく他なかった。
「中でお渡しします。どうぞ」
起伏のない声でアキは言う。
あなたは少し、ためらうかもしれない。
「大丈夫、襲ったりしませんから」
彼はそういうと、その証拠であるかのように、自分の腰に残る1本の包丁をケースごと取り去って、あなたに渡す。
あなたは、すでに彼の包丁3本のうち2本を手にしているから、これで彼は武器を持っていないことになる。
「店の中にも包丁が数本残ってるんですが、それも確認して頂いて結構です。ぼくも、仕込み包丁なんていう器用なマネはできません。どうせならボディチェックしてみてください」
店の中を覗き見ると、確かに壁に数本包丁がかけられているが、大分離れた高いところにケースごと吊るされてあり、普段使う包丁ではなさそうだった。もしその包丁を取り合う事態になっても、あなたは、盗賊である自分のほうが早く動けるだろう、と想定し、すぐにその場合の身のこなしをイメージした。
”どうせなら〜”は、彼なりの冗談だったのかもしれない。彼のもともとの真面目さと無表情のせいで、あなたは素直に遠慮してしまっただろう。身に隠しているかもしれない包丁は元より、武器をほかの場所に隠しているという不安は拭いきれないが、あなたの手には彼の腹心が3つも握られているし、中に入らないと”生首”が手に入らない。いくらか覚悟を決めてから、あなたはその異世界のような建物の敷居を跨いだ。
建物の中は整理されている。店先の方にはキッチンがある。鍋やフライパンも、みんな綺麗に手入れされているのが遠くからでもわかった。左手には別室への扉のようなものが2つあるが、それはおそらく、どちらかが冷凍庫で、どちらかが冷蔵庫だろう。右手には壁があり、レシピやメモが貼り付けられてある。その壁にくっつけてある大きな机――たぶん動物を解体するための作業台、があった。そして、その上に、テーブルの上にちょんと載っているティーポットのように、こっちを見つめる頭蓋骨が鎮座していた。
あなたは驚くはずもない。長年盗賊を、依頼があれば人を殺してしまうぐらいの悪事を続けてきたあなたは、人間の骨など見慣れたものなのだ。こうやって骸骨を置いて、おどろかせるつもりなんだろうか、とあなたは思うかもしれない。あなたがアキの方向へを振り向こうとすると、彼の声が後ろから降ってきた。
「ルフィナさん、手、貸してください」
ルフィナとは、ここでのあなたの名前だ。
もしかしたら本当の名前ではないのかもしれないが、アキは生憎この名前しか知らないので仕方がない。
「護身として、右手にぼくの包丁を持ったままでいいです」
あなたのすぐ後ろにアキが立ち、彼の左手があなたの左手に触れる。その手は、顔から読み取れる幼さとは反比例して、ごつごつと骨ばって、沢山の小さな切り傷が見えるし、それが感触からもわかる。皮は厚く、豆がつぶれたような硬さが手のひらの中に幾つかあるのも感じた。乱暴をされるかと思って身構えるが、そんな様子はない。
あなたの左手を愛撫するでもなく、そっけないぐらいに優しく、指と指が絡まる…というよりは組まれる。その左手2つは、あなたの手を下にして、机の上の骸骨へと向かう。
「彼女を持っていく前に、彼女を知ってほしいんです」
上に重なったアキの手に誘導されて、あなたの手が、ほとんど乾いた”彼女”の頭蓋骨に触れる。ほとんど耳元に近い距離で、アキの言葉が続いていく。
「彼女の名前はナヅキ・カーヒ。女性です。歳は21歳になったばかりです。
両親は健在で、ほかに上に兄が二人と、下に妹が1人います。
この島には来るつもりはなかったけど、好きな奇術師が来るのを聞いて立ち寄りました。
その奇術師のことを近くで見れて嬉しかったそうです。
夢は舞台女優だけど、両親に反対されていて、思うように行動できなくて悩んでいます。家出同然でここに来たとも。
オーディションに連続で12回も落ち続けて、あと1回落ちたら13回になるから、
不吉でしょうがないということで、今はたくさん練習してから、とにかく何でもいいから受かりそうな役を狙いたい、と言っていました。
本人は、自分で「ちょっとオンチなのが原因だと思う」と言っていたので、ぼくが歌を1曲頼むと、少し照れてから歌い始めました。
ぼくの耳にはオンチには聞こえませんでした。
彼女の声は喋っているときよりも滑らかで、伸びやかであって、
なんというか朝みたいだった。たぶん、ぼくは、彼女のつんとしすぎた眉毛が原因なんじゃないかと思ったけれど、言うのはよしました。
彼女の妹はまだ学生で、成績がよく、自分は出来が悪いので、比べられるのが嫌だと言っていました。
お兄さん方も、もう職についていて、おちこぼれは自分だけなんだと。
ぼくは、そんなことはないと思ったので、そんなことはないよと言ったら、彼女は困ったような顔で目に涙を溜めていました。
ぼくは彼女の気を紛らわせようと思って、いろいろな話をしました。
ぼくはおしゃべりだけど、お話はヘタクソで、でも、そんな話を聞いているだけでも、彼女は笑ったり、怒ったり、泣きそうになったりしていました。
普通の女性がこんなところに一人でいるなんて、だいぶつらい目に会ったのだろうと思うんです。
家族も兄弟も友達も近くにいなくて、ろくに話し相手もいなくて、誰からも認められなくて。
だから、彼女は家に帰りたいんだろうと思ったんですが、聞いてみたら、居場所はないから帰りたくないって言うんです。
この先不安だけど、きっと女優になってから家に帰るって言ってました」
アキが喋るのをやめた。耳が聞こえくなったかと思うぐらい、あたりはしんとしている。外の木々が風でざわざわと揺れるまで、時間が停止したかのようだった。
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