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おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
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--文章+絵日記です。--



赤い髪の女がいる。
場所は森だ。キャンプをしているのか、女はたき火を守っている。
近くには小さなテントがある。中に生き物の気配はない。
女は宙を見つめている。
そうではない。森の奥の何かを見やっている。
警戒こそしているが、どこか人を待つような表情だ。
しばらくすると、その暗闇から、枝がぱきぱきと折れる音がする。
遅れて、草をふみつける音が重なってきた。
人の足音のようだ。人数は二人だろうか。
女は立ち上がる。すでに誰が来るか分かっているらしい。

暗闇から、予想通り二人分の人影が浮き上がる。
一人は白髪の茸の傘をしたような白っぽい人間のようなもの。
胴体がガラスのように透けており、間接は球体人形のそれと同じに見える。性別はわからない。
もう一人は黒髪の男で、先ほどの白髪の人形に肩を貸してもらい、やっと歩いている状態だ。

「アキ!」



赤毛の女が黒髪の男に駆け寄った。黒髪の男はアキというらしい。

「夜中に突然ごめん。ちょっとお願いがあって」

アキという男は赤毛の女に頼りなく笑いかけた。

「怪我してるのか?」

赤毛の女。口調から、あまり女性らしいとは言えないようだ。

「うん。ルフィナさんに治してもらおうと思って。だめかなあ。
 あの、前、神なんとか術が使えるって言ってたでしょ?
 ほんとにシスターなんだぞ、って。こういうの得意かなーって…」

赤毛の女の名はルフィナというらしかった。アキはまだ笑っているが、どこか顔に血の気がない。
アキを見てられないのか、ルフィナが空いたもう片方の肩をささえ、テントに誘う。

「もちろんできる。けど…」

「あ、こっちはパドマ。ぼくの相棒。敵じゃないよ」

思い出したように白髪の人形を見やって、アキが言った。パドマと呼ばれたそれは、会釈もしなければ、眉毛どころか瞬きもしなかった。

「パドマだ。ルフィナ、アキをよろしく頼む」

「…知ってる。肉屋で手伝ってるのを見たし、
 いつもアキから、この…パドマさんのいい匂いがしてたから」

ルフィナという人物は、鼻がよく利くらしい。
パドマの無愛想さと、ルフィナの明るさは、不思議と周りに温度差を生まなかった。

「アキとパドマさんの匂い、それから血の匂いがしてたから……
 なんとなく察しはついていたけど……どうしたんだ?」

ルフィナがテントの中にアキを先に入れる。
パドマは見張りをするらしく、そのままテントとたき火の間に座り込んだ。
閉められるテントの入り口に、パドマの背中を見ながら、ああうん、とアキがぼんやりと答えた。

「ちょっと」
「ちょっとじゃわからないぞ」
「ごめん」

会話にならんと踏んだのか、ルフィナがやれやれ、という表情をして、ほぼ地面のようなテントの床に座りなおした。

「何かわからないけど、アキの怪我は治す。ただ、全快する保証はない。
 わたしのやり方は、その術をかけられる人間の体力がものを言うんだ」
「かけられる人間って、ぼくのこと?」
「ああ。その人が本来持つ回復力を増幅させる術なんだ。
 もともとの体力がなければ、きちんと回復しないかもしれない。
 それに、終わったら相当疲れるぞ」
「えぇ…」

アキの様子といえば、お世辞にも体力がある状態とは言えない。
所々に包帯を巻いており、汗をかいているのに体温は引くく、顔色だって悪い。

「でもいい。できるところまででいいよ」
「……わかった。うまくいかなくても文句言うなよ?」

ルフィナが面倒見のよい姉のような表情でアキを笑ってやると、
アキもいたずらを許してもらった弟のように、うん、と返事をした。

「でもさ… ルフィナさんは、その術を使っても何もないの?」
「あー、うん。ちょっと疲れる、かな。
 強がっても迷惑かけるだろうから、正直に言うけれど…
 今、あんまり調子がよくなくてなー。終わった後に寝ちゃうかもしれないなあ」
「そっか、ごめん…」
「気にするなよ。元気になったアキとパドマが守ってくれれば、こんな森の中でも寝てられるさ」

ルフィナという人物は、とても気丈な人物らしい。心配をかけまいと笑っている。
アキもそれを理解したうえで、この頼みごとをしているようだ。

「…で、怪我の具合はどうなんだ?」
「えっと、右足のすねあたりと、胸の傷がひどいんだ。
 あとは、頭と、左腕と、左ふともも。斧でやられた」
「よく死ななかったな。じゃあ、包帯とって」
「えっ」
「なんだ」
「いや、その、服の上からパアア、とかじゃ…」
「怪我の具合も見ずに治療ができるか」

彼女の言うことはもっともだ。恥ずかしがっていてもしょうがない。

「…じゃあ、とにかく治してほしいのが右足なんだ。
 早く一人で歩けるようにならなきゃいけないから」

アキがズボンの裾を膝までまくり上げる。ルフィナがはさみを取り出して、包帯を切っていく。

「だいじょうぶ、包帯は持ってるから、あとでまき直してやる」

アキがはさみに対して抗議する前の素早い説明だった。
包帯の下からは、がっしりと浮き出た骨に、スプリンターのようにしまった筋肉があらわれる。
ただし、それに前後から二つ、後ろに一つの大きすぎる切り傷があった。
縫合され、命術での治癒がかけられているが、傷は塞がっておらず、血とじゅくじゅくした体液でところどころ濡れている。

「こんな足で歩くなよ…」
「ごめん」

自分でも悪いことだとわかっているらしく、アキは素直に謝った。
ルフィナもそれ以上責めることはしない。

「ぼくがちょろちょろかわすんで、足ばっかり狙ってきたんだ」

アキがシャツのボタンを外しながら言う。ルフィナはそのシャツを腕から外してやっている。

「相手は誰だ?」
「……ルフィナさんは、同業者じゃないけど、ぼくと近い人だから、言うね。
 ルフィナさんにも気をつけてほしいし」
「……」
「おまわり… ハーシーって知っている?」
「名前だけは」
「あいつ、殺人鬼なんだ。ぼくなんか比じゃない。
 あいつが、警官の立場を利用して、島の人たちを殺し続けてる」

たぶん、だけど、とアキは続けた。

「そいつにやられたのか?なんでだ?」
「……さあ。一回、ぼく、人を食べてることがバレて、
 逮捕されそうになったんだけど、あいつが殺人犯だってパドマのおかげで気づいてさ、
 お互いのことを誰にも言わない、って取引して、それで逃がしてもらって、終わったはずだったんだ」
「……犯人だって知ってるおまえを消すためにかな」
「わからない。ぼくは、あいつは嫌いだけど、でも、邪魔はするつもりはなかった。
 ぼくは、ぼくのことをできればそれでいいんだ」
「……」
「でもさ、堂々とバザールでやり合ったんだ。なんとか追い返せたけど…」
「病院抜け出したな?」
「う……だって、面倒だったから。あいつ、ぼくのこと、食人鬼って言ったんだ。警察がきたらヤでしょ」

はさみで包帯を取り払うと、ルフィナの眉間に皺がよった。
程良くしまった胸板や腹筋の上に、生々しい切り傷がいくつも刻まれている。
胸に大きな、十字の傷。何かを宣告されているようだ。

「痛そうでしょう」
「バカ、こっちのほうが重傷じゃないか」
「いい、右足を先にやってほしいんだ」
「でも……」
「頼むよ。
 こういうこと言うのもずるいけど、ルフィナさん、ぼくに借りがあるだろう?」

アキの目がどこか冷たくなった。ルフィナが複雑そうな顔をしている。
二人の間で以前何かあったらしい。

「あー、もう。わかったよ。ただ、傷は全部確認させろ」
「……」



「…ごめん、やっぱり… 右足と、胸の傷で精一杯みたいだ…」

ルフィナがアキの胸から手を離した。ルフィナの手から出ていた優しいろうそくほどの光が消え、テントの中が一気に暗くなる。

「うん、ありがとう。右足が痛くなくなった」

アキが右足の指を器用に動かし、自分の胸の傷を撫でて治癒の具合を確かめている。
さらに立ち上がろうとするアキをルフィナが制止する。

「まだ歩かないほうがいい。傷口がちゃんと塞がるまでここにいろ。それに……」
「……疲れた?」
「ああ…」

ルフィナは明らかに疲弊していた。というよりは、すごく眠そうだ。

「ごめん、無理言って…」
「いや、いいよ。アキも疲れたろう?」
「うん、結構… でも、寝てただけだから、ルフィナさんほどじゃないと思う」

それでも、アキはだるそうに目をこすった。
ルフィナは気取られまいと息を小さく整えているが、この距離でアキにわからないわけがなかった。

「休んでいいよ、ルフィナさん。何もしないからさあ」

冗談めいてアキが言っても、ルフィナはどこかぼんやりしている。
アキがもう一度彼女の名前を呼ぶと、う、と返事が返ってきた。

「ごめん。寝る」
「うん」

ぱたん、とルフィナが横になった。
アキは初めてのテントの中で毛布を見つけだして、ルフィナにかけてやる。
ルフィナは、眠ったというよりは気を失ったように見える。
アキも十分眠いらしいが、のそのそと四つん這いになって、テントの外に顔を出した。

「パドマ、怪我、ルフィナさんに治してもらったよ」
「そうか、良かった。アキは寝ないのか」
「……迷ってる」
「珍しいな」
「ルフィナさんはすんごい年上だけど…いちおう女の子だからさ……
 外で寝たほうがいいのかなって……」

こういう時どうすればいいんだろう、とも小さくつぶやいた。
パドマがその答えを知っているようには見えない。

「アキ」
「なに」
「中で寝なさい」
「……うん……」

アキはテントの中におとなしく頭を引っ込めた。
それからテントの端っこで膝をかかえ、テントの入り口とルフィナを視界に入れてしばらく起きていたけれど、
朝がくる前には眠ってしまっていた。
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