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おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
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ぼくは自分の怪我をだいぶ舐めていたらしい。
パドマが見つけてくれた大木の陰で朝を待っている間、空が明るくなると共に、ぼくの頭だけではなく、痛覚も目覚め始めてきた。
包帯だらけのぼくの体に、どれだけの傷が刻まれているのか、ぼく自身がわかっていない。


覚えているのは、執拗にあいつがねらってきた右足、それから心臓付近への、あいつの持つ斧の軌跡。
何層にも巻かれた布の下で、じんじんと響いていた痛みが、さらに熱を帯びて、傷口から体の内側がめくれあがってくるように感じられる。かと思えば、傷がうねうねと蛇のように動いているかのようにも錯覚する。
とにかく、おとなしくいてくれやしない。
知らぬ間に息があがっていたらしく、パドマが肩を不器用にさすってくれるまで、ぼくは悪夢を見ていると思っていたぐらいだ。
触れたパドマの手を冷たいと感じなかった。血がたりないんだろう。
病院を抜け出そうと言ったのはぼくだが、ぼくの怪我の具合の説明を受けたのはパドマだ。
改めてパドマから説明を聞いたけど、所詮は伝言ゲームで、台本の読み合わせみたいな怪我の内容は、その口調に反していた。簡単に言えば、ぼくは死にかけていたらしい。
だったら、逃げ出すなんてばかなこと、止めてくれればいいのに…と今更ながら思ったけど、パドマはぼくのワガママを聞いてくれただけに過ぎない。こうして今ぼくの隣にいてくれるだけで、十分すぎるぐらい有り難い。
死にかけの理由は、傷もそうだけど、大量な出血だそうだ。ぼくは、ぼくの血液型がA型でよかったなと思った。RHマイナスなんかだったら、今頃死んでいたかもしれない。
たとえば人間以外の冒険者が輸血をしなくてはならない状態になって、その冒険者がとても珍しい生き物であった場合―たとえばパドマのような―、血がなくて、輸血できずに死んでしまうなんてことはあるんじゃないかと思いついたけど、それ以上考えるのはやめた。
パドマが怪我をしたとき、ぼくは、パドマに何をしてやれるだろう。

ぼくは、ポケットの中の手紙を握った。

きのう、この大木を見つけたあとのことだ。裸足で出てきたし、服も入院服だったので、パドマが肉屋に服やら何やらを取りに行ってくれた。ここにいろ、と言ったパドマに、動けるもんかと返してやったら、月明かりの陰のせいか、どこか笑っていたように見えた。
パドマを待っている間、ぼくは普通じゃありません、とあたりに宣誓しているかのような病人服のポケットに手をつっこんでやるぐらいしかすることが思いつかなかったので、本能に従ってそうしてみた。そこで指先にくしゃり、という紙の意外な感触に出会って、一瞬固まってしまった。治療費の請求書ぐらいしか思い当たるものがない。

紙は二枚入っている。
一枚目は、汚い字で「治療費は200PS!ザンさまより」とかかれた、さっきの想像通りのようなそうでないような、走り書きのメモ用紙だった。
ザンさんがぼくを病院に連れていってくれ、治療費まで払ってくれた、ということか。保険とかどうなってんだろう、ということを考えるぐらい、ぼくの頭は落ち着いているらしかった。この一文でこれだけの情報量を得ることができることにも感心することができた。男性的な手紙だなと思った。
とにかくザンさんには感謝しようと思った。ザンさんはたしか”命術”を使えたような気がするし、応急手当もしてくれたかもしれない。200PSぐらいでぼくの命が助かったのなら、安いなんてもんじゃない。いくらだって払う。歩ける程度に怪我が治ったら、ザンさんにお礼をしなくちゃ。女の子を紹介することはできないけど…なにか、喜んでくれるものを。
ただ、冗談で書いただけのメモかもしれないから、よく確認しよう。

二枚目の紙は、なぜるさんからだった。
ザンさんの「メモ」に対して、なぜるさんのは「手紙」だった。実に女性的で、これもまたザンさんの文章とは何もかもが対照的だった。字もかわいらしい。
手紙によると、ぼくはなぜるさんを大分心配させてしまったらしい。そういえば、あの日、朝早くになぜるさんにコロッケを渡したんだったな、と思い出して、そりゃあショックだったろうなあ、と他人事のように考えた。コロッケ、今頃食べてくれたろうか。ぼくのことがあって、コロッケの味が良く感じられないなら、それも悲しい。
紙に水が滲んだような跡は涙だろうか…なんて想像する。
はやく元気になって、安心させたいと思う。彼女の旅路の邪魔をしたくはない。

もしかしたら、二人のほかに、ぼくを助けてくれた人がいたかもしれないな、と思った。

パドマが帰ってきて、ぼくに着替えをくれた。
いつも着ているのと同じような服。パドマほどの衣服に疎いやつでも、迷うことなく選べる、ぼくの作業服。靴は、捨てきれずにいたボロのスニーカー。十分だ。
パドマが着替えを手伝ってくれるとき、病院服のポケットからその手紙たちを、いつものズボンのポケットに移し変えてもらった。パドマもよく知らん、という顔をしていたので、置き場所に困った看護婦がポケットにねじ込んでくれたんだろう。なかなか気が利く。


傷の痛みをごまかそうと、撫でるように手紙をいじっているうちに、さらに朝日がまぶしくなってきた。
こうしてみると、ぼくは本当に気を失っていたんだなと感心する。
意識を失うまで、ハーシーが着ていた変なビラビラを見ていた。血の赤がばたばたと揺れて、気味が悪かった。
またくるよ。
そう言っているように見えた。

ああ、そうだ。ぼくはもっと冷静に考えなくちゃいけない。
ぼくは、あの遺跡外のバザールで、立場上、警察官とやりあって、その警察官に「食人鬼」と宣告された。
ただし、その警察官は、ぼくを窓から投げ飛ばし、人をつかんでぶんまわし、銃で人を撃ち殺し、あらゆるものや人を巻き添えに、ぼくを殺そうとした。
ぼくは、善良な市民として、気が狂った警官のみを、傷つけた。
そうだろう?ある意味、ぼくはバザールから狂人を追い払ったんだ。びくびくしていては逆に怪しまれる。
それにしても、人を食う、ということが、人にあれだけの嫌悪感を与えるなんて、今更だけど少しびっくりした。
みんな、どういう気持ちで肉を食べているんだろう。
ザンさんや、なぜるさんも、それを聞いたろうか。
二人のほかに、助けてくれた人や、その場にいた人も?

嫌われるのはかまわないけど、好かれてから嫌われるのは、結構堪える。
それなら最初から好かないでくれ、なんていうのはぼくの完全なワガママなので言わない。ぼくも、あとから本性を知って人を嫌いになる、ということは何度も経験している。しょうがない。

日が強い。わずかな木漏れ日でさえ、ぼくの存在を消し去ろうとしている気がする。ぼくの体にまだらを作っている光の形に穴があくんじゃないかって思う。
それでも、日の光と反比例して、大分痛みはおとなしくなってきた。というよりも慣れてきた。傷を飼い慣らしている気分だ。
なにしろ、怪我をして、何針も縫う、ということは初めてじゃない。むしろ抜糸のときの痛みを考えると憂鬱なぐらいだ。
ぼくの仕事には、切り傷が必ずついて回る。両手のいくつかの傷のうち、大きなものはまだ消えていない。今度の傷は一生ものになるかもしれないなと思うと、見るのが少し怖い。温泉とか入れてもらえなくなったら困る。


太陽の角度もおおらかになったころ、あたりで虫や動物たちが本腰を入れて動きはじめてきた。太陽が昇れば昇るほど、大木の陰が濃くなり、ぼくを守ってくれるようだった。
パドマはたまにまばたきをするので、その数でも数えようと、隣のパドマの横顔を見ていたら、一回も数えないうちに、パドマがぼくのほうを向いた。
パドマの真っ正面の顔。整いすぎた顔は、中性的すぎてなんだかわからない。
こういうとき、何か言うのはぼくの役目だったので、しばらくパドマのビー玉みたいな目をみたあと、ありがとう、と言った。パドマは目ですぐに返事をした。

それがわかった瞬間に、きのう、パドマの腕の中で、パドマがぼくに”たくさん”はなしてくれた言葉の数々が、ぼくの頭の中に爆発するみたいに蘇った。
夢の一部だと思っていたそれは、確実にパドマの口から発せられたものだったんだ。

パドマ、とぼくは呼んだ。もちろん声での返事はない。

「ネアリカさんがね」
ぼくは、ぼくの声を聞きながら話した。

「ネアリカさんがね、パドマのこと、ぼくの相棒って言ってくれたんだ」

チームとかじゃなくて。相棒だって。
そう付け加えた。パドマにこの僅かな違いが理解できるか、ぼくはわからない。
ぼくは、これ以上言葉を続けるのは野暮ったいし、たいへんはずかしいと思ったので、口を閉じてもう一眠りすることにした。

こうやって助けてもらってばっかりだし、パドマに何かあっても、ぼくができることは少ないかもしれないけれど、でも、きのう、パドマがぼくのことを認めてくれたことは、ほんとうのほんとうだ。
もう、その事実にあぐらをかこう。パドマに迷惑をかけたって、申し訳ないとか思うのはやめよう。運がなかったね、と笑ってやるんだ。ぼくなんかが相棒で、って。
そのかわり、ぼくもパドマにできるだけのことをしよう。
おまえでよかったと、言われるようになろう。たくさん頼ってもらって、それを当たり前だと思ってもらうんだ。

花の香りが聞こえる。
ぼくはいとも簡単に眠りに落ちた。
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