おいしいものは、食べてみないとわからない まずいものもおなじ
アリーが島からいなくなったらしい。
アリーとは、右目に鈍いグレーの瞳をもち、綺麗なレモン色の艶をした髪を結った、背が低いスーツ姿の人のことだ。
性別は、わからない、としておく。
ぼくから見たら、どうみても女の子にしか見えなかったけど、それを本人に言ったら「中性的に見て欲しい」みたいなことを言ってきたので、ぼくはそうするように努めている。
アリーとは、右目に鈍いグレーの瞳をもち、綺麗なレモン色の艶をした髪を結った、背が低いスーツ姿の人のことだ。
性別は、わからない、としておく。
ぼくから見たら、どうみても女の子にしか見えなかったけど、それを本人に言ったら「中性的に見て欲しい」みたいなことを言ってきたので、ぼくはそうするように努めている。
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文章や漫画の比喩なんかを、正しく理解するにも、経験がものを言う。
外に出ないで何も見たり聞いたり感じたりしないような人物が、どれだけ本を読んだって、本当の比喩の意味を知りえるわけがない。
海のような青、は海を見たことがない人には伝わらない。
墨汁をたらしたような夜は、墨汁を知らない人にはわからない。
どんなに恋愛小説を読んでも、本当に人を愛したことがなければ、あの焦がれる気持ちを得ることはできない。
外に出ないで何も見たり聞いたり感じたりしないような人物が、どれだけ本を読んだって、本当の比喩の意味を知りえるわけがない。
海のような青、は海を見たことがない人には伝わらない。
墨汁をたらしたような夜は、墨汁を知らない人にはわからない。
どんなに恋愛小説を読んでも、本当に人を愛したことがなければ、あの焦がれる気持ちを得ることはできない。
この島に日本人は何人居るのだろう。
ぼくが知っているのは、ぼくと、タカシくんだけだ。
タカシくんは、他にも日本人がいると言っていたけれど、ぼくはまだタカシくん以外の日本人には会ったことがない。
それっぽい姿をした男女を見かけたことはあるけど、見かけたというだけで、実際に確かめてはいない。
だから、ぼくの意識の中では、日本人はタカシくんだけだ。
ぼくが知っているのは、ぼくと、タカシくんだけだ。
タカシくんは、他にも日本人がいると言っていたけれど、ぼくはまだタカシくん以外の日本人には会ったことがない。
それっぽい姿をした男女を見かけたことはあるけど、見かけたというだけで、実際に確かめてはいない。
だから、ぼくの意識の中では、日本人はタカシくんだけだ。
はじめた肉屋が、思ったよりも繁盛してくれたおかげで、
クリスマス用のターキーや、正月用のチャーシューの仕込みをしているうちに、とっぷりと日が暮れてしまった。
クリスマス用のターキーや、正月用のチャーシューの仕込みをしているうちに、とっぷりと日が暮れてしまった。
(チキレに敗北しました。本編未収録)
ぼくが肉屋をはじめた理由は大きく分けてふたつ。
ひとつは、ぼくのライフワークを取り戻すためだ。
ぼくの日々には、肉を触らない日はなかった。
もちろん、ぼくの本業は肉屋なので、その「肉」というのは、人間の肉のことを差すわけじゃない。大きい意味での、肉だ。
はっきりいって、ぼくの仕事は技術職だ。
毎日でも肉に触れていないと、どんな人間だってへたくそになる。
カンが鈍るという意味でもそうだけれど、実際のところ「使う筋肉が衰えてしまう」というのが真実。
ぼくは、あらゆる生き物を締め、解体することができると思っているけれど、
それは毎日生き物に触れ、慈しみ、愛し、屠っているからであって、たまの祭日に、
一体だけめいいっぱい大事に殺すのとはワケが違う。
なによりも、命の重みとそのあっけなさは、毎日触れていないと忘れてしまう。
それは、とても恐ろしいことだ。
ふたつめは、ぼくのかけがえのない隠し場所として。
隠すものは、お察しのとおり、締め終えた彼女だ。
解体したとはいえ、彼女一人を持ち歩くのは困難だし、何より「肉屋」がないために、
おまわりに死体を見つけられてしまった。
死体――ああ、なんてくそったれな言葉なんだろう!けれどももうそういうふうに表現するしかない。
あの、ビニールシートの中にある彼女の一部は、もう「死体」になってしまった。
彼女を「死体」にしたのは間違いなくおまわりだ。
彼女が見つかることがなければ、まだどこかで生きていると、彼女の家族は思い込んでいただろうに。
彼女が死んだことすら気づかないはずだったんだ。
女性を捕まえて屠り、解体し、おいしく頂いたとしても、誰もぼくがやったとは気づかない――「死体」が見つからない限り!
でも、もう問題はない。これからも、これまでどおり。
ぼくは生き物を屠り、肉とし、食らう。いつまでも。
ぼくが肉屋をはじめた理由は大きく分けてふたつ。
ひとつは、ぼくのライフワークを取り戻すためだ。
ぼくの日々には、肉を触らない日はなかった。
もちろん、ぼくの本業は肉屋なので、その「肉」というのは、人間の肉のことを差すわけじゃない。大きい意味での、肉だ。
はっきりいって、ぼくの仕事は技術職だ。
毎日でも肉に触れていないと、どんな人間だってへたくそになる。
カンが鈍るという意味でもそうだけれど、実際のところ「使う筋肉が衰えてしまう」というのが真実。
ぼくは、あらゆる生き物を締め、解体することができると思っているけれど、
それは毎日生き物に触れ、慈しみ、愛し、屠っているからであって、たまの祭日に、
一体だけめいいっぱい大事に殺すのとはワケが違う。
なによりも、命の重みとそのあっけなさは、毎日触れていないと忘れてしまう。
それは、とても恐ろしいことだ。
ふたつめは、ぼくのかけがえのない隠し場所として。
隠すものは、お察しのとおり、締め終えた彼女だ。
解体したとはいえ、彼女一人を持ち歩くのは困難だし、何より「肉屋」がないために、
おまわりに死体を見つけられてしまった。
死体――ああ、なんてくそったれな言葉なんだろう!けれどももうそういうふうに表現するしかない。
あの、ビニールシートの中にある彼女の一部は、もう「死体」になってしまった。
彼女を「死体」にしたのは間違いなくおまわりだ。
彼女が見つかることがなければ、まだどこかで生きていると、彼女の家族は思い込んでいただろうに。
彼女が死んだことすら気づかないはずだったんだ。
女性を捕まえて屠り、解体し、おいしく頂いたとしても、誰もぼくがやったとは気づかない――「死体」が見つからない限り!
でも、もう問題はない。これからも、これまでどおり。
ぼくは生き物を屠り、肉とし、食らう。いつまでも。